平尾龍磨の現在や嫁 生い立ちは?松山刑務所脱走事件(2024最新)

平尾龍磨の画像 事件

☆この記事はこのような人におすすめです。

・平尾龍磨の現在について知りたい。

・平尾龍磨の嫁、生い立ちについて知りたい。

・脱走の動機を知りたい。

 

2018年4月8日、愛媛県今治市で驚愕の事件が発生しました。

 

一人の男が刑務所から脱獄し、その後23日間も逃走を続けたのです。

 

脱走した男は窃盗を繰り返していた平尾龍磨。

 

平尾龍磨が服役していたのは、塀のない松山刑務所大井造船作業場。

 

脱走後はしばらくの間、手がかりを残さずに逃走を続けていたため、地元の住民に大きな不安を与えたのです。

 

そこでこの記事では、松山刑務所脱走事件の経緯や捜査の詳細。

 

そして平尾龍磨の現在や嫁、生い立ちについて取り上げます。

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平尾龍磨の現在

平尾龍磨は窃盗の常習犯として、懲役5年6か月の刑を受けて服役していました。

 

しかし、仮釈放間近の2018年4月8日、愛媛県今治市の大井造船作業場という塀のない刑務所から脱走(脱獄)したのです。

 

脱走後、平尾龍磨は民家から自転車、車、金品を盗み、飲み物などを購入。

 

見つけた空き家に2週間潜伏し続けたのです。

 

この時、警察が投入した捜査員はのべ約1万5000人、警察犬16匹。

 

警察の捜査網は拡大します。

 

そして、潜伏していた空き家にも捜索の手が伸び入ったことから、脱出を決意。

 

泳いで本州に渡り、再び民家の屋根裏に潜伏して自由な生活を送っていたのです。

 

こうして警察をあざむくことに成功した平尾龍磨だったのですが、4月30日、逃走劇はついに終わりを迎えることになります。

 

来店したネットカフェの店員が「平尾龍磨に似た男がいる」と警察に通報したのです。

 

そうとは知らず、店から出て歩いていたところを覆面パトカーが発見。

 

平尾龍磨は走って逃げるも、すぐに捕まり、再逮捕されたのです。

 

なお、その後の平尾龍磨ですが、関西地方の刑務所に服役していたようです。

 

再逮捕された際の判決は、2018年9月28日に単純逃走と窃盗罪で懲役4年が確定。

 

この判決に対し、控訴はせず。

 

そして、服役してから4年が経過しているため、現在は出所していると思われます。

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平尾龍磨の嫁と生い立ち

平尾龍磨は独身だったようなので、嫁、子供はいなかったと思われます。

 

また、生い立ちに関しては公表されていないため、詳しいことは分かっていません。

 

ただ、現在32歳で兄弟に妹がいることが判明しています。

 

そんな平尾龍磨の子供時代についたあだ名は「ルパン」。

 

足が速く、鬼ごっこなどでも捕まえられなかったといいます。

 

そして、中学に入ると平尾龍磨の行動は悪化し、万引きや窃盗を繰り返すようになったのだとか。

 

高校に進学しても中退し、就職先も長続きせず。

 

無職となった平尾龍磨は生活費と遊ぶ金を得るために、再び盗みを働くようになったということです。

平尾龍磨の犯罪歴

平尾龍磨は、松山刑務所に収監される前、121件もの窃盗を繰り返していたことが判明しています。

 

窃盗の内容は車上荒らしや店舗への侵入、オートバイ盗難などで、総額約405万円。

 

平尾龍磨は最初の逮捕時に執行猶予がつきましたが、再び窃盗で逮捕。

 

懲役5年6カ月の実刑判決を受けることになりました。

 

また、逮捕された当時の平尾龍磨は住所不定・無職。

 

ホームレスのような生活だったとか。

 

そして、刑が確定して福岡刑務所から松山刑務所に移送され、模範囚として造船所に収監されていたのです。

松山刑務所大井造船作業場の環境問題

松山刑務所大井造船作業場は、愛媛県今治市にある塀のない刑務所です。

 

ここでは受刑者が造船業務を行い、働きながら社会への適応能力を養うことを目的としています。

 

松山刑務所大井造船作業場の画像

 

しかし、この作業場では受刑者だけの自治会があり、体罰や不正が横行していたのだとか。

 

平尾龍磨は自治委員になることを目指して真面目に働いていましたが、降ろされ、厳しい指導を受けることに。

 

それに加えて、刑務所側から仮釈放後の就職先や、住居などのサポートがないことを知らされたといいます。

松山刑務所脱走の動機

平尾龍磨は窃盗の常習犯であると同時に、仕事に真面目で、人情に厚い「いい人」という一面を持っていたといいます。

 

しかし、作業場の闇や人間関係に怒りと不満が爆発。

 

とうとう耐えられず、自由を求めて脱獄を決意し、置き手紙を残して刑務所を脱出したのです。

 

要するにこの脱獄劇は、塀のない刑務所での特殊な環境と関わり合って起こった事件と言えるでしょう。

 

一方で、自治会制度の問題や刑務所の不正な状況が浮き彫りにもなりました。

 

この松山刑務所脱走事件は、刑務所の改革や社会的な議論を呼ぶきっかけとなったと思います。

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