☆この記事はこのような人におすすめです。
・池田果菜子さんが誘拐された事件の判決を知りたい。
・池田果菜子さんと犯人の現在を知りたい。
・母親の池田優子さんの生い立ち、経歴などについて知りたい。
2006年6月26日午後0時25分ごろに発生した渋谷女子大生誘拐事件。
誘拐されたのは、美容整形クリニックの院長を務める池田優子さんの娘・池田果菜子(かなこ)さんです。
また、この事件では国籍の違った3人の男が逮捕されています。
犯人の名前は韓国人の崔基浩(チェ・ギホ)通名:山川基浩。
尹金男(ユン・キムナム)通名:村上、帰化名・伊藤金男。
中国人の李勇(リ・ユン)です。
誘拐された池田果菜子さんの母親は、渋谷にある美容整形クリニック「池田ゆう子クリニック」を経営。
『美容整形のカリスマ』、『資産家』として、テレビ番組や雑誌などに度々取り上げられていました。
自宅ガレージにはフェラーリやベンツなどの高級外車が並ぶ様子が映し出され、それを見た犯人が娘を誘拐する計画を立てたとされています。
そんな今回は、渋谷女子大生誘拐事件(池田果菜子さん誘拐事件)について少し振り返ってみようと思います。
池田果菜子誘拐事件の犯人の判決と現在
池田優子さんはこの事件をきっかけに、テレビ番組に出演しなくなりました。
世間からバッシングされたのもあると思いますが、大事な一人娘で長女の果菜子さんが誘拐された原因が、自分にあると感じたのでしょう。
そして気になるのが、事件後、犯人はどうなったのかだと思います。(犯人の顔画像なし)
結論から言うと、崔基浩は刑を終えて出所。(再び事件を起こしているかは不明)
伊藤金男と李勇の2人は、現在もまだ刑務所に収監中です。
なお、渋谷女子大生誘拐事件(池田果菜子さん誘拐事件)の犯人には、このような判決が言い渡されています。
※運転役の電気工・崔基浩=懲役10年
※就学ビザで入国し、期限切れで不法残留となっていた主犯格の李勇=無期懲役
※監禁場所で見張り役を担当し、捜査員の突入時に抵抗した伊藤金男=無期懲役
東京地裁の裁判長は「母親が一人娘を大切にする親心につけ込んだ卑劣かつ悪質な犯行で、2人は耐え難い精神的苦痛を被った」と非難。
判決は、伊藤金男が長女を脅迫した行為を「生命を脅かす極めて危険なものだった。凶悪事件が多発して国民不安が増す中、社会に大きな衝撃を与えた」と指弾。
伊藤金男と李勇は、起訴事実を認め情状酌量を求めていたが「凶悪な犯行で有期刑は選択できない」と退けた。
伊藤金男は、静岡県や船橋市の現金輸送車強盗事件などにも関与している大規模強盗団のメンバーだったと思われます。
池田果菜子の現在は結婚してる?
池田果菜子さんは当時、明治学院大学経済学部の4年生。
母親・池田優子さんが手がけるブランドの化粧品会社社長を務め、しばしばセレブ女子大生として、メディアにも登場していました。
事件当日は、東急バスの伊太利屋本社バス停で待っていたところ、ワゴン車に押し込まれ、誘拐されるはめに。
その後、神奈川県川崎市中原区上丸子八幡町にあるマンション「TOP新丸子」の305号室に監禁。
しかし、事件は意外にも早期解決します。
それは、犯行の一部始終を目撃した女性がワゴン車のナンバーを覚えていて、渋谷警察署鉢山交番に駆け込み通報。
娘の携帯電話の位置情報をもとに約4時間半後、川崎市内でワゴン車を発見し、追跡。
犯人が川崎市中原区のコンビニに寄ったのを確認し、翌午前0時40分ごろ、JR川崎駅近くでワゴン車に乗っていた崔基浩、李勇に職務質問して身柄を確保。
供述から監禁場所のマンションを割り出し、午前1時25分、305号室にいた池田果菜子さんを保護し、伊藤金男の身柄も確保したのです。
また、監禁中、池田果菜子さんが性被害に遭ったかについては、捜査員に「乱暴はされなかったが、怖かった」と話したとか。
よって、犯人による性的行為は無かったと思われます。
そして、現在の池田果菜子さんですが、年齢は37歳くらい。
事件後、PTSDを発症したりして苦しんだものの、現在は結婚しているとのこと。
また、母親のように医者になっているのかというと、どうやらそれはないようです。
池田優子の生い立ちと経歴
池田果菜子さんの母親・池田優子さんの生い立ちですが、裕福な家庭環境で育っています。
出身は茨城県古河市。
父親の職業は産婦人科医、母親は上皇后美智子さまと遠い血縁関係にあるようです。
また、兄弟は5歳年上の兄が一人おり、その兄も現在、地元で医師をしているとか。
出身高校は埼玉県立浦和第一女子高等学校で、卒業後は日本大学芸術学部放送学科に入学。
大学卒業後、お見合いで会社社長の子息と結婚し、2年後に長女の果菜子さんを出産しています。
しかし、結婚生活は3年余りで破たん。
夫と離婚後、シングルマザーとして娘の果菜子さんを育て上げたということです。
その他経歴、学歴については以下の通りです。
※池田ゆう子クリニックのHPから一部抜粋
池田優子は幼少期の3歳で始めた日舞で才能が開花。
わずか7歳で最年少名取となり新聞にも取り上げられました。
続いて出場した東京新聞主催の「全国舞踊コンクール」では大人に引けをとらない演技で入賞を果たしました。
高校1年生で若柳流師範を取得、22歳の時には歌舞伎座で「本町廿四孝」を演目に上演しました。
20代後半から医師を目指し受験勉強を開始。
子育てしながらの勉強だったにもかかわらず、1年後には杏林大学医学部に見事合格。
卒業後は都内大手クリニックにて活躍し、その豊富な知識と経験、そして抜群の感性が評判となり、「女医ドル」としてテレビや雑誌にひっぱりだこのカリスマドクターとなりました。
2002年3月に独立し、東京渋谷に「池田ゆう子クリニック」を開院。
開院後も数多くのテレビ出演や雑誌インタビューなどを通じ、当時主流ではなかった脂肪注入による豊胸術を世に広め、他の美容外科クリニックが脂肪注入法を取り入れる流れを作りました。